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2010年6月

2010年6月 6日 (日)

天使と悪魔

天使と悪魔

映画の方を見た。

ラングドン教授の知性的なところはトム・ハンクスは合っていると思うけど、もう少し若い俳優でいないのかなあ?

テノールと同じで映画俳優も枯渇しているよね。

そんなことはいいんだけど小説に比べるとどうかなあと思っていたけど映画も面白かった。ちゃんと描いていたと思う。ダン・ブラウンはロストシンボルに至ってはもう二番煎じ三番煎じになっちゃってる感が強かったけど。この作品はやはりおもしろい。

おもしろいのはこの作品の方が原作的には先なのに、映画では「ダヴィンチコード」の後のように描いているんだよね。

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アンナ・カレーニナ

Photo アンナ・カレーニナ

トルストイ作

はまっている。

リョービン好きだお!この作品の主人公はアンナでも何でもなくて、実はリョービンなんだお。彼は農村の地主で、コンプレックスに囚われつつも仕事にまい進しているすばらしい男性(32歳)。きっと作者が自分を投影している。彼の兄のコズヌイシェフは作家で理論家だがそういった労働は嫌悪している。リョービンは農民に混じって草を刈るのが好きだ。そのへんの描写とかもすごく細かくて、トルストイの才能を見せ付けている。描写が実に精緻なのだ。読み応えがある。

ヴロンスキーの競馬のシーンもそうだ。普通の筆力がない人だったら2、3行で終わってしまうところを何ページも書ける。まるで目に浮かぶようで、自分が馬に乗っているような気がする。

今まで文学作品は中学生の時以来読んでなかったが、やっぱりおもしろい!今後もはまっちゃいそうだな~

アンナはカレーニンという政治家(官僚?)の妻。8歳のセリョージャという息子がいる。息子は父親を怖がっている。カレーニンは何でも理詰めで考える男。どうして自分がアンナから愛されないのかは考えない。まあでもそうだねえ、妻に不倫されて自分が悪いとは男が考えるとは思えない。

アンナはふっくらした女性と書かれている。すこぶるつきの美人として書かれている。しかしヴロンスキーはすぐにアンナへの情熱を失う。ヴロンスキーは軍人で、同僚が特進の出世をする。ヴロンスキーは友だちの借金を喜んで払うほどの友だち受けのいい男で、見目麗しく、身分も高い。しかし母親がアンナとの不倫の件でお金を打ち切ったため借金まみれになっている。ヴロンスキーは自分が凡庸な男として評価され出世もそこそこなことに焦りを感じている。そういう描写もリアルだお!

リョービンには病気で素行の悪い兄がいる。兄に同情的なリョービン。兄は死に向かっている。

リョービンは親友のオブロンスキーの妻の妹、キチィに恋焦がれている。しかしキティは彗星のように出演した美形で身分の高いヴロンスキーにすっかり虜になってしまい、リョービンのプロポーズを断ってしまう。

オブロンスキーは陽気な浮気男で、家庭教師に手を出して妻のドリィを怒らせた。しかし罪の意識はゼロだし、6人も子供を産ませて中年になった妻にはまったく魅力を感じていない。

アンナはオブロンスキーの妹で、アンナが怒るドリィをとりなすためにオブロンスキーの家にやってきたところから物語が始まっていく。向かう汽車の中でアンナはヴロンスキーの母親といっしょだったのだ。母親を迎えに来たヴロンスキーはアンナをちらっと見る。お互いに意識して、ヴロンスキーは次の段階ではアンナの崇拝者になってしまう。どこまでもついてくる崇拝者にアンナはついに身を投げ出してしまう。

アンナは夫に告白する。私はヴロンスキーの情夫です、と。しかし夫がとった方策は自分の対面を保つためのこと。妻の不倫は傍観する。しかし情夫ヴロンスキーが自分の屋敷にやってきたところで鉢合わせしてしまい、それ以降方針転換し、息子を妻から取り上げ罰する方向に動く。

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